今月の市村清 Monthly

“今月の市村清”―2026年11月編―

市村清の人間愛が生んだ支援活動

―愛の手募金活動―

今年もあっという間に残すところ2か月となりました。リコー三愛グループでは愛の手募金活動が始まります。
市村清はかねてから、「働くことに何の心配もつきまとわない、世界にも例のない市村産業団をつくりたい」と語っていました。市村は従業員は事業の協力者として物質的にも精神的に優遇しました。社員の家族に対しても小学校の入学するお子さんにはランドセルを贈り、親族に不幸があれば香典や花輪を供える。翌年の新盆には提灯なども贈りました。社員と苦楽を共にし親密の度合いが濃いことは三愛精神の表れでした。勤めを愛するということは、まず自分の仕事に興味を持つことが根本であり、仕事もまず面白くなくてはならない。仕事はどうすれば面白くなるのかと言うと、いろいろと改善や改良を自分で考えていくことが必要であり、創意工夫をを凝らして進歩すること。仕事とはそうならなければ、生きた仕事とは言えないと市村は考えていました。
そして、社員が安心して仕事に集中できるよう社員の家族で教育を受けられない境遇にいる人の支援のために市村は、市村遺児育英会を設立しました。きっかけは1961年(昭和36年)1月、三愛石油の社員の葬儀に参列したとき父親を亡くした幼い子どもたちが悲しみの中で祭壇に手を合わせる姿を目の当たりにしました。働き手を失った家庭が直面する苦労、そして子どもたちの将来を思った市村は、「せめて学費だけでも援助してやりたい」という思いを強くしました。
市村はすぐに行動に移し自らのポケットマネーを基金とした市村遺児育英会を設立し、同年5月には第1回の育英資金贈呈が行われました。その後、1964年には活動を永続的なものとするため市村個人の資金による運営から三愛会会員会社全体で支える仕組みへと発展しました。さらに時代が進むにつれ、「この活動を市村個人の善意だけに頼るのではなく、社員一人ひとりの心で支えていこう」という機運が高まっていきました。

そうして1975年、「この子たちに愛の手を」という呼びかけのもと、社員による自主的な募金活動が始まりました。これが現在まで続く愛の手募金活動です。初年度には目標を大きく上回る募金が集まり、遺児への支援のほか、クリスマス会やプレゼントの贈呈など支援の輪へと広がっていきました。社員自身が参加し支えることで、市村の思いはリコー三愛グループの文化へと受け継がれていったのです。

愛の手募金活動の原点は、一人の遺児の姿に胸を痛めた市村の優しさにあります。その思いはやがて社員全員の善意へと広がりました。今日の愛の手募金活動は単なる募金活動ではなく「人を愛する」という三愛精神を実践し続ける活動であり市村が残した最も温かな遺産の一つと言えるでしょう。

初回のクリスマスパーティ(1975年12月)